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【はじめまして】アンドウヒロフミです。

逆転系美容師ってなんだろう。って思いませんか?

挫折と逆転を交互に繰り返す

超ド田舎出身、イケメンじゃない、才能もない。

ないないづくしから始まる’’逆転劇’’の自己紹介です。

初めましてアンドウヒロフミです。

岐阜県生まれ、育ち。

目の前は田んぼ、裏は山、緑豊かというか緑しかない。

(実家の風景)

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最寄り駅まで徒歩で1時間半。(山を越えないといけなかった)

オシャレとは程遠いド田舎で育ちました。

最初の挫折「刀鍛冶をめざす!?」

父親がとても怖く、1日でも早く家を出たいと中卒で刀鍛冶を目指すも修行が辛そうだと思い断念。目標を早くも挫折したくせに【手に職をつける】職人にあこがれ、その後、美容師を目指します。

自立した男なりたくて、18才で家を出ます。その後住み込みで働き始めました。その時の初任給はいろいろ引かれて手取り9万円。バイトか!と思うほど安かったけど、美容師の仕事が楽しくて、朝7時から夜24時までアッいう間に1日1日がすぎてしまうぐらい美容師の世界にのめり込んでいきました。

【第2の挫折】やめていく同期を見て、ほくそ笑んでいたら自分に降りかかる

イヤなやつです。はい。

当時、同じ美容室で働いていた同期は50人ほどいました。(2000年ごろは美容師ブームでしたねー!)

美容師の働き方ってかなりハードでドンドン辞めていくんですよ。本当にドンドン辞めていきました。(離職率が高いのが業界的な悩みですが、理由は明確だなと思います)最初は同期が辞めてしまう寂しさや、悲しさがあり別れの際は泣いていましたが、「うちを辞めた奴は二流にしかなれん!」と社長、部長、店長たちが言っているのをみて、

「辞めたヤツ二流だな!」

ってほくそ笑んでました。←ほんと嫌なヤツ。

でも来たんです。アンドウにも辞める時が。

きっかけは些細なことでした。周りからのプレッシャーに打ち勝てず、神経質になってる時に店長と口論になったんですよ。で、次の日お店に行かなかったんです。

僕がいなくなって困ってしまえ!とでも思ったんでしょうね。

でも1日行かなかったら、なんか引っ込みが付かなくなって、次の日も、またその次の日も、お店に行けなくなってしまったんですよ。

その時に気づいたんです、仕事辞めちゃった。【僕も二流だ…】

気づいた時にはもう行動してました。店長、スタッフからの電話で鳴り響く携帯電話を捨てて、失踪していました。

【逆転その1】ドン底!だけど諦めない!一流を目指す!!

失踪ってダメですね。迷惑をかけます。

仕事先、同僚、お客様、友人、そして何より親に。

めちゃめちゃ心配されました。

全部、諦めちゃっいそうだったけど最後にちょっとだけ親の顔見るために帰省しまして、親の顔を見たとき悪いことしたな。ってすごく反省しました。

迷惑をかけたので償わなければ! 誠意?感謝!?いやいやもちろんお金!!

いろんなバイトをしました。コンビニ、工場、飲食…

でもね、全然楽しくなかった。

今まで1日17時間ぐらい働いても全然平気だったのに、たった6時間が苦痛で苦痛でしょうがなかった。なんでこんなに苦痛なんだろうって。

その時に気づいたんです。僕は楽しいことを仕事にしないとダメなんだ…って

今の僕は二流にもなれてない。でもやっぱり一流目指そう!美容師もう一回挑戦しよう!!当時、雑誌にバンバン出ていた有名一流美容室の面接を受けるため上京することにしたのです。

【第3の挫折】一流のサロンはすごかった、実績、才能に溢れるイケメンの先輩達とアンドウいじめに遭う。

運がよかったんですよね。

有名一流美容室に入社できたんです。理由は僕よりも高評価で入社した人が三日でやめたから。次点にいたのがアンドウで運良く入社できました!よかった!!

(上京当時の若かりしころ)

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有名一流美容室で働いて感じたのは圧倒的に【普通が違う】ことでした。

特別なことはしないんですよ。みんな普通にカットして普通にスタイリングしてるんですけど、すっごい上手いんです。そしてスタッフがイケメンと美女しかいないこと。これか!一流は!っていう衝撃でした。

技術力とデザイン力がすごかったなー。お客様が可愛くなっていくこと。仕事がすごく早いこと。これを学びに来たんだーーー!

このレベルが一流だ!ここで飛び抜けるが超一流だ!

気合は十分でしたが、現実は甘くありません。前任が三日で辞めた理由は自分にも降りかかります。

その理由は、先輩アシスタントからのいじめでした。

【逆転その2】周りは気にしない!目標達成には自己成長!!

たくさん人がいれば、合う合わないってありますよね。しょうがない!

以前なら、くよくよしてたかもしれません。でもせっかく一流の場所に来れたのにここで辞めたらもう一流なんて目指せない。もう必死でした。

以前の自分を超えろ!と睡眠時間を削り朝4時台の電車に乗り終電近くで帰る。そんな生活をしていたせいで、意識が常に朦朧としてました(笑)遊びになんてほとんど行かない(いけない)だから、いじめとか気にならなかった。もうどうでもよかった。ただただ一流になりたかった。

美容師ってアシスタントとスタイリストの壁が厚いんです。厳しい技術試験、厳しいノルマを越えないといけない。

その試練を乗り越えるために周りの雑音は気にしてる場合じゃ無かった。頑張っていたら先輩アシスタントもちょっとづつ認めてくれるようになりました。辛かったけどいろいろ乗り越えてスタイリストデビューできた時はすっごい嬉しかったですね。

やったーー!これで一流の仲間入りだ!!

しかしその喜びとは別に、冬の時代が来ちゃうんですけどね…

【挫折その4】上手い!は一流ではない!?

上手くなりました。以前の自分とは比べ物にならないほど上手くなりました。

でも、上手になっても技術って評価対象にならなくて(コンテストは別だと思います)、評価ってやっぱり数字ですよね。売上です。最初は好調だったんですがすこしずつ伸び悩むようになりました。そして完全にぶち当たりました。

売上が全然伸びないんです。原因はたくさんあったんですが、当時新しいお客様を担当できなかったことがとても響いていました。先輩たちが多く、新しいお客様に入るチャンスが少なかった。

だったら自分の力で集客だ!集客サイトに自費で契約して、ヘアスタイルを撮って、名刺にQRコードをつけて街で配ったり、全然好きじゃないけど渋谷のクラブでヘアブースをして名刺渡したり、などなど。集客できるようにって頑張っていました。でもそれでも突き抜けられなかった。

本当の自分は全然夢を叶えてないことには気づいていたと思います。でもそれが虚しくて

「表参道の有名一流美容室で働いている」という優越感=見栄だけはってました。

一流になりたいと思っていたのに、憧れてた有名一流美容室で働いたというだけで満足してる自分がいてこれじゃダメだ!ここで終わらせちゃダメだ!!

その危機意識が最高点に達した30歳の時に決心して、当時の社長に泣きながら退職願を出すことにしたのです。

【逆転その3】スキルリストが人生を変える。30才の転職!

東日本大震災があった年の頃です。今まではマスメディア(雑誌、業界誌、TV)に取り上げられないと目立てない時代から、自分で発信する事で知ってもらえる時代だ!それができる美容師になりたい!と気づき、転職しなきゃ!

と走り始めたはいいですが、なかなか決まりません(焦)

決まらない理由は、なんかお互いに合わなそう?という感覚的なものだったと思います。内定を頂いても決めきれず、どうして決められないんだろう?どうして齟齬が生まれてしまうんだろう?

と疑問を持っていたので、冷静に商品(人材)として自分を見つめ直してみました。

作ったものはスキルリスト=魅力的な技術表です。

安藤の当時のスキルリスト。

・有名一流美容室で培った技術力
・ヘアカタログ撮影を経験。雑誌に名前と顔が掲載されている
・業界紙撮影を経験。業界紙に名前と顔が掲載されている
・広告撮影のヘアメイクを経験。定期的に仕事を得れる
・国内外での技術セミナー講師として登壇。サロン単位〜150人ほど経験。

(CDのジャケット撮影ヘアメイク)

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高い技術力をもっていて、カワイイヘアスタイルが作れて、しかも美容師から見ても上手そうだ。メイクもできるから撮影には困らなさそう。そして’’教育’’もできる。

という印象を持ちませんか?

このスキルリストを作成後、とても良い出会いがあり僕の持っているスキルと相手の欲しいスキルがマッチしました。相思相愛で始まる転職はとても気持ちの良いスタートでした。(拾っていただきほんとうにありがとうございました)

(自信に満ち溢れる30才ごろ)

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【挫折その5】働きすぎは身を滅ぼす。健康は全ての基本なり!

転職後、’’教育’’スキルを発揮できたことで、サロン教育に関して高い責任をもてるようになったことで、朝夜とレッスン三昧な日々を送っていました。

教育って楽しいんですよね。何よりできるようになった後輩たちの自信に満ちた顔を見るのが大好き。教えて良かったなーって純粋に感じます。また教えることで自分の技術も簡素化できること、違う目線を入れることでどんどん上達します。

31⇨32⇨34⇨35才と年齢を重ねていくんですが、

朝は早朝レッスン。夜は終電近くまでレッスン。をほぼ毎日。

20代はできました。やってました。でも30半ばでこれはキツかった。日中はバリバリ働き、朝と夜はレッスンを開催。準備もあるし反省もある。

ちょっとづつ辛くなっていきます。育て終わったー。と思ったら新しい後輩を育てる。でも育てたスタッフは育ったらどこかへ行ってしまう。また新しい後輩を育てるまたどこかへ行ってしまう。そのループ。

それを5年繰り返した結果。

救急車で搬送されることになりました_| ̄|○

働き過ぎは良くないですね。本当に身を持って経験しました。しかし、この経験がサロンマネージャーから自分のサロンを持つ。ということへ思考がシフトするきっかけになったのでした。

【逆転その4】逆境を糧に未来を切り開く!逆転系美容師!!

今まで、一生懸命に生きてきました。周りのみんなのおかげで2019年8月に念願の自分のお店を持つを夢を叶えました。今の肩書きを一言で表すと美容室の経営者。

ここに至るまでの道のりは決して平坦でなく、数々の挫折、どん底からの這い上がり経験しています。

超ド田舎、イケメンじゃない、才能もない。

でも美容業界の最高峰【表参道】に自分の力でサロンを開業できた。

そして、美容師の働き方を変えるために挑戦しています

そしてその夢を叶える仲間を募集しています。お気軽にご連絡ください😊

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